ダチョウの殺処分裁判最高裁判決
歴史の浅い国ならではなのか,先住民との関係の反省なのか,倫理問題は制度問題だという市民感覚があるらしく,エシカル,ウィーガン,フェアトレードといった現代的倫理観もまた,どういった制度設計によって可能なのか,どういった制度史・制度思想史に立脚しているのか,を,よってたかってイジりたおすのが当然みたいだよ。
たとえば,この1年くらいニュースではずーっと,鳥インフル対策での無症状飼いダチョウ数百匹の殺処分の是非がトップを飾りつづけてたけど,こういう「エキゾチック・アニマル」の命を制度がどう扱うかについては,身近な生命の捉え方という倫理の根幹を現体制がどうとらえているのかを明らかにする問題だという観点から注目されてたらしいよ。実際,速攻で最高裁まで争われて,CFIA(カナダ食品調査局)の潜在的公衆衛生リスク評価は,農場の財産権や研究価値の保全に優先することが認められ,殺処分命令が合法とされて一斉銃殺されたよ。
さらに前景となる事件として,これが問題になる半年前(2024年春ごろ)に飼いダチョウが大量に虐待されてるのがバレて,衰弱がひどかったから安楽死させた,っていうのがあったんだって。本来,州法上,人道的安楽死(euthanasia)は,「ペット」に対して飼い主の同意があって行われるものなのに,この時は,飼い主は虐待で逮捕されてるからBC州動物虐待防止協会(SPCA)の判断で実施したよ。ダチョウはexotic livestockつまり「家畜」の一種だから,CFIAが公衆衛生管理等の観点から屠殺・殺処分したならわかるけど,これは一体何が起きたの? SPCAという半官機関が,ダチョウを「ペット」としてみなして,飼い主に代わって勝手に殺戮したことになるのではなくて? うちのペットちゃんも官権力によって勝手に殺されえるのではなくて? ペットどころかいつの日にか私自身がさえ…のような話があったんだって。
こっちのセンスだと,日本のクマ問題も,まずは,こんなになるまで放っておいた獣・山の管理制度やその運用の問題が厳しく追及されることになるだろうね。とはいえ,もっとも低コストなヘア・トラップ法による調査(逆に人里にクマを呼び寄せている疑惑でおなじみ)でも,クマ1頭あたり30万円くらいかかってんだって。